頂乗仏教学舎  路傍の如来 多々方路傍石

如来品正師 多々方路傍石のブログ

苦の考察

苦の考察 中道が理解できない人達は、楽(スカ)とは愛おしむべき目的物であり、苦(ドゥッカ)とは忌むべき災厄のごとく忌避するが、苦楽とは表裏一体なものを分別して捉えているだけに過ぎずない、だから楽を捕まえたと思って掌を開けてみれば苦であったりもす…

負担量

毒と薬は同じもの、苦楽も一如なり 人を殺す毒というものが在って、それとは別に薬という.人を生かすものが在る訳ではなく、苦という忌わしいものが在って、また別に楽という愛おしいものが在る訳ではなく、それらは単に負担量による作用(現象)の違いに過ぎ…

正活のすすめ

正活のすすめ 正活とは.苦を乗り越えて平安.歓喜.悦楽.こよなき幸せを得る為の正しい生活のすすめ[八正道]であり、[苦集滅道]を真に理解する事による[楽集生道]の活き方のすすめである。 「四聖諦から正四聖諦へ」 世の中では婚活.就活.終活.妊活...と活き方…

自由な世界

すぐ横に.自由で穏やかで美しい安らぎの天地があるというのに、何故に多くの人は心の牢獄に捕われた囚人生活のまま.自由な天地を見る事も味わう事もなく心の牢獄の中で.大切な一生を終えてしまうのだろうか…その心の牢獄は.自我意識を経格子(たてごうし)に.…

天上天下唯我独尊

「天下天下唯我独尊」とお釈迦様が、誕生されて直ぐに七歩あゆまれ仰ったと.実しやかに伝わっていますが.仏教を多少でも理解していれば.それが有り得ない.偽りである事は自明の理だと思うのですが、疑わずに鵜呑みにする事に飼い慣らされてしまった盲目的で…

顕貴(ときめき)の日々

●暗夜行路 人間は、一寸先は闇の中を手探ぐりしながら、盲目的に生きてゆく存在です。 明日をも知れない身の上であり、今、目の前のドアを無警戒に開けた途端、前に殺人鬼が刃物を持って待っている可能性(確率)も無いとは言えず、豆腐の角に頭をぶつけて死ん…

仮りの名

今日交えし人、我が名を尋ねたり… 我れ[多々方と名乗りたる現象です]と、答え胸元を指差したるが、今の新しき皮膚も幾日か過ぎれば垢と落ち行き入れ替わり、内なる組織も幾日かを過ぎれば老廃物となり入れ替わり、骨も又.同じく土に戻りし入れ替わるものなれ…

心の次元

思考とはコンピュータ的(物質的)なものであり、意志.衝動.形成力(業/カルマ)とは心的次元により形成されるものである。 宇宙は梵(bong)で満ちている ●梵我一如 仏教的観点から言えば私達が世界.存在.そして個人.私と見なしているものは途方もなく膨大な一源…

超越瞑想

⭕内観と内々観 「人の心のその中は仏も住むが鬼も住む」 人の心、そこには整合性もない無数の自己がすんでいる。 ダークサイドを含め.それら無数の自己をよく知り理解してゆく事で.心は自然に制御されてゆく。 自分の心とは自分を騙し誑かそうと走り逃げ回る…

今ある幸せに気付く

人は皆、喜び.幸せを探し求めて生きているしかし喜びや幸せは探し求めるものではない (チルチルとミチルも[幸せの青い鳥]を求めて世界中を探し回ったが何処も居なかった)喜びや幸せとは、気付くもの。既に沢山の喜びや幸せを持っているのに気付けずに、愚痴…

路傍の如来の説法−5〈残暑の頃の集い②〉

青年が突然に路傍の如来への改宗とも言える帰依をするのを見て、件の青年と連れ立って来たのであろう.以前から集いに参加していた青年が立ち上がり口を開いた。 「彼れは.路傍の如来のお話に感激のあまり突然に路傍の如来へ帰依する事を決めたのでしょうが、…

路傍の如来の説法−5〈残暑の頃の集い①〉

上野の森の木々も隙間を塞がんとするが如く精一杯に繁り.まだその勢いの衰えを見せぬ日差しは大地を焦がすが如く照り付け.時折り吹いてくる涼風が仏衣の裾を揺らし、行く夏を惜しむかの如く鳴き交わす蝉の声に.秋の足音を感じる残暑の頃、人々は別段に示し合…

主観的思考

釈迦尊(ブッタ)は明確にそして適切に仰った 「もし人が一切の妄想から離れる事が出来れば、人は汎ゆる苦悩から完全に解放される」人は心のプロセス(五蘊作用)を.正しく理解しなければ.心を真に浄める事も.汎ゆる自らが造り出す苦悩(ドゥッカ)から解き放たれ…

所有の次元と存在の次元

〘所有の次元〙と〘存在の次元〙社会は事物を所有してゆく事により垂直的(積層的)に[所有の次元]を形成し、その所有量と質を以って人間としての価値判断の尺度とする事により却って無明(無知)と盲目性を深めて行く所有の次元の事物とは.本質的には手段として…

仏教は現実主義

仏教を語る上で、お釈迦様が現実主義者で在られた事を理解しなければならない。 そんな基本さえ理解出来ないような妄想的.神秘主義的.虚妄を愛する大衆への迎合的な者達の手により.真理(真実.現実.事実.実相)を説く純粋で頂乗な仏教は歪められて来たのが現実…

即今実存

甘露の門は開かれた.目ある者は見よ禅語に[即今.当処.吾]や.[喫茶去]という似たような言葉がありますが、多少お釈迦様の本意から外れた解釈が為されているように見受けられ.ここに改めて路傍石が「即今.実存」と説こうと思います。 appamada(不放逸) 本質的…

仏道は犀角独歩に歩むもの

【甘露の門は開かれたり.耳ある者は聞け】 ⭕仏道は犀角独歩に歩むもの 立ちたいと欲して立て、座りたいと欲して座れ、歩きたいと欲して歩け、走りたいと欲して走れ、眠りたいと欲して眠れ 世界は[意志と表象としての世界]であり、心の底から湧き上がる内発的…

感覚的享楽

感覚的享楽 ⭕魅惑し.魅力し.享楽を生じさせるもの事 ⭕悪い結果.状況の変化.飽き.別離によるドゥッカ(苦.悩み.心痛.不安定さ.儚さ.不満……) ⭕自由あるいは解放 悲観的でも楽観的でも刹那的にでもなく、人生の享楽を.その痛みと悲しみと空しさ、そしてそれらか…

無明

世間と言うものは.実は真理(事実.真実.現実. 実相)を素直に認める性格は持ってはいないのです。 いつの時代でも大衆とは[虚妄]に興味を惹かれ.[虚妄]を愛して.[虚妄]に魅入られてしまうものなのです。 信じるという事は.本当に物事を理解し.物事が見えている…

今日も気付いた事がある

「お互い様とお陰様」 露と生まれし人の身で 無明の闇を振り払い この世の真理を見透して 死ぬるに優る幸せはなし 森羅万象 有り難きかな 如来品正師 多々方路傍石⭕今日も気付いた事がある特に、承認欲求.自己顕示欲.欲望.見栄.自我意識など所有の次元の事物…

喜び.快楽.幸せを求めて

人は皆、喜び.快楽.幸せを求めて生きている、例え此れから死のうとする人でも.ガソリンを買い込み火付けを目論む罪人でも.他者をひれ伏せようと攻めたてる人でも、皆.その中に喜び.快楽.幸せを見い出すからに他ならない。 ⭕人々が[喜び.快楽.幸せ]だと思い.…

自我と自分

今日は[自我]という世俗諦への重大なテーマと[自分]という存在に付いて説こう。 釈迦尊(ブッダ)の入滅後.この[自我]と[無我]が正しく理解されない処から世俗諦の多くの誤解や間違った見解や観念が生み出されて来たとも言え.幾百千の気付き(小悟)から始まって…

智者は[今]を生きる

「智者は縛られず」 釈迦尊(ブッダ)は仰っている。 智者は昨日を悔いたり明日を心配せず、とにかく「今」を生きている。だから毎日が輝いているのだ。 愚者は昨日を悔い、未だ来ぬ時を憂い、「今」を見ようとしない。 青くとも刈り取られた葦には命がないよ…

路傍の如来の説法-4 <初冬の集い.顕貴の集い>

自分を高め世界を変える真正な仏教 覚醒.目覚め.超越.乗リ越え.解放.解き放て. 路傍の如来の説法 【初冬の顕貴(ときめき)の集い】 僅かに吹く風にも冷たさが感じられる初冬の上野不忍口前にいつものように路傍の如来は立って居られた。 上野の森の絨毯を引き…

路傍の如来の説法-3 <秋口の集い>

自分を高め世界を変える真正な仏教 覚醒.目覚め.超越.乗リ越え.解放.解き放て. 【路傍の如来.説法録 その三】 【秋口の集いでの説法】 夏の暑さも大分と和らぎ、吹く風もだいぶ穏やかに感じられる秋口ともなり、西の山々も微かに色付き始めたある朝、人々は…

路傍の如来の説法−2〈初夏の集い〉

【路傍の如来.説法録。その二】 【初夏の集いでの説法】 上野の森の木々も勢いを増した日差しを浴びて萌えるような緑に覆われ、吹く風もだいぶんと温かく感じられる蝉も穴から這い出しちらほらと啼きだした初夏の頃、人々は別段に示し合わす事もなく再び導か…

路傍の如来の説法−1〈晩冬の集い〉

自分を高め世界を変える真正な仏教 覚醒.目覚め.超越.乗リ越え.解放.解き放て【路傍の如来.説法録.その一】 晩冬の集いでの説法 開経偈 南無 到達者であり正覚者たる彼の釈迦尊(ブッダ)を礼拝します 到達者であり正覚者たる彼の釈迦尊(ブッダ)を礼拝します …

依り処(精神的支柱)

無明に生まれし人の身は、本質的.盲目的なドゥッカ(不安定さ.不完全さ.苦しみ.不安.恐怖.迷い……)により、保護.安全.安心.恩恵を渇望し、自己保存.自己防衛の為には何かしらを依存する依り処(精神的支柱)として.一時的安定を辛うじて保ちながら生きている存在…

仏 道

釈迦尊(ブッダ)が到達された至高の真理(実現.事実.現実.実相)は、ナーガルジュナ(龍樹.マハーヤーナ)やブッダゴーサ(上座部.ヒーナヤーナ)を乗り越えた処に、顕現する。 仏道とは自己を習うことなり、 自己を習うとは自分を冷徹厳峻に見つめ、分析し、思惟し…

物 欲

物欲は果てしなく.空しきものなりて.しかも物欲に満たされることなし 人は[あれが有れば][これが欲しい]と生きる為には然程も必要でもないものにまで物欲に翻弄され短命な感覚的な喜びを積み重ねて幸福だと錯覚ながら真に満たされる事がない。 その本質を見…