2020-07-01から1ヶ月間の記事一覧

尺度(心の物差し)

■諸行無常この世界は全てのものが常なく刻々と変化と生滅してゆき、変化生滅しないものは存在出来ないのですが、本質的無知(無明)であったり自分が実体的存在だと勘違いして自我意識に捉われたりしていると、自分にとって都合の悪い変化に苦しみ、自分にとっ…

超越

[超越]と聞くと、大概の人はスーパーサイヤ人にでもなる方法を教えてくれるように勘違いするでしょうが、超越とは[乗り越える]ことであり、苦や無明から超越する事であり、[超越]という刺激的な言葉ではありますが、六神通+αは具えてますが.生憎とカメハメ…

ガラパゴス化と美学

ガラパゴス化した観念を奉じ、偏った美学に支えられながら、取り残されてゆく姿は憐れでもある…硬直した社会からは、新しいものは生まれない…本来、2番煎じ.3番煎じの強みは価格という競技に於いてのみ発揮されるものだが、過っての日本の強みは.そこに高付…

大悲観

心 悠久の時の流れに溶け込み.安らいの園に憩いて. 歓喜の泉に依りて.甘露なる法水で喉を潤し.真理の美味を食む…言葉にする間さえ与えられずに.智慧は滾々と湧き出で. 叡智は自ずと啓かれる…無明を晴らし.カルマを浄め.根源なるものと合一する時.森羅万象は …

如来の心は如来のみぞ知る

如来の法(真理)は、憐れみにより…憐れむものは、無明なり…如来の法(真理)は、苦しみの消滅であり…苦しみの根源は無明なり…如来の法(真理)は、堅固な幸せ.涅槃であり…涅槃の道を閉ざすは、無明なり…如来の法(真理)は、覚醒(目覚め)であり…如来の法(真理)は、…

功徳と苦得(苦毒)

六界を 絵空世界に擬えて 稚児の脅しか区差別か 心は儘に 六道を彷徨う托鉢で辻立ちしていると、物事を感覚的.感情的.主観的.自我意識で捉える人から話しかけられて、その人の意に染まぬ時…地獄へ堕ちろ!と嘯かれることもある…笑単なる知的好奇心で質問して…

皆んな頑張れ

私にとってブログとは、頑張って生きている皆んなの姿に触れて.励みとし.歓びともする為でもあり、時たま.以前の相談者から元気や幸せを取り戻した近況報告を頂くと[幸せの三要素]の一階部分の存在性と.二階部分の相補性の多いなる多幸感に包まれます… コロ…

思想の荒野

社会というものは嘘や虚構を段階的.階層的に各集団.各組織に組み込み.振り分ける事により、一貫性を保とうとするものなのです…そしてそれを安定社会と命名してもいるのです…未だ過って.真実(真理.事実.現実.実相)を核心とした社会が築かれた例などなく、完全…

心境

元気が一番…平和が二番…三、四がなくて…お金は五番(御飯)…仙人様では無かりせば、飯を食べねば生きられず…話は変わるが、普段は食に関しては殆ど拘りがなく、幼稚園児ではないが. 海のもの.山のもの位を心掛けている…笑ら滅多にない事ではあるのだが、今日.…

お互い様とお陰様

世の中、政治家が選挙時には無責任に魅惑的な公約を掲げ、当選すれば忘れてしまう公約という[絵に書いた餅]のように、やがて金を儲けて金持ちになる事を夢見ながら[アスナロ]で現実には何ら実行しようとしない自覚のない人のように、自らは出来もしない欲望…

トレジャー.ハンティング

仏教とは[トレジャー.ハンティング]…つまりは土中に埋もれてる本物の黄金、大粒ダイヤモンドの原石を探しだす財宝探しだと思うんですよね…従って仏教徒とは[トレジャーハンター]なんですネ…でも本当の目的は、その先に在るんですけれどね…人は皆んな.心の奥…

頂乗仏教学舎

頂乗仏教学舎 霊験灼然 (れいげんいやちこ) (れいけんあらたか) 路傍の如来 如来品正師 多々方 路傍石 頂乗仏教学舎ブログへはこちらから頂乗仏教学舎ブログ https://bongteng.hatenablog.jp ラインブログ https://lineblog.me/bongteng/ 如来品正師.多々…

仏教の教えとは.

毎度おなじみのフレーズではありますが、皆、幸せになりたくて生きています…不幸になりたくて生きている人など居ないのですから…。世の中には[俺なんか幸せになんてなれないし.別に幸せになりたいとも思わない…]と言う天の邪鬼な人でも、苦行してる自分を誇…

幸福(しあわせ)の三要素

世の中、何処を眺めて見ても.この幸福(しあわせ)という言葉で満ち溢れて居るが、凡そ真に幸福(しあわせ)な人に出逢った事がない…貧しい人は自分が幸せでないのは、お金がないからだと誤解しているし、お金持ちは.お金持ちで.金の事を始めとして汎ゆる物事に…