頂乗仏教学舎  路傍の如来 多々方路傍石

如来品正師 多々方路傍石のブログ

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甘露の門は開かれた
目ある者は見よ!
耳ある者は聴け!
心あるものは行なえ!
「心、心と言うなかれ 、
心がなにかも識らずして」
心とは脳機能(思考.記憶.識別.計算.論理.把握…)というコンピュータ的能力ではなく情緒.感覚.感情.衝動.渇望.意志などの業(カルマ)によって形成される本質的欲望との相互作用によって生じた概念を、脳域において思考を加えて主観を生じさせているだけであり、心の主人は[無意識]なのであり、いくら思考域で右に行きたいと思っても無意識が左だと思っているならば左に行ってしまうもの。
つまり無意識は意識をコントロール(誘導)できるが、意識は無意識をコントロール(誘導)できないのが通常人であり、無意識からの感覚.感情.潜在概念.潜在観念に振り回されて喜怒哀楽の中を彷徨っているのである。
仏教の修養のひとつが、そんな不安定な心の育成を目的としている。
世の潮流である[意識改革系]のものが余り成果が上がらないのも此の無意識.潜在意識.潜在観念などに対して無知な故である。
この精神作用.心理作用の過程を冷徹に眺め.観察し.分析し.気付き.検証し.理解してゆくのが真の仏道なのである。
心=脳という間違った考えが、無明の闇を深めさせ、欲得に基づいた短絡的な主観が自分の心だと錯覚して、心を貧しくさせてゆき、人品を卑しくさせてゆく。
感覚.感情に翻弄され.自我意識を強め、観念的.欲望的.妄想的で空虚な苦しみ(ドゥッカ)を造りだしゆく
平安.安定.歓び.悦楽.静逸は.情緒と論理を乗り越えた中道にあり、情緒的なものである信仰と論理的(摂理)なものである[宗となる教え宗教]の中道に顕現するのが涅槃(ニルヴァーナ)である。