仏教の最高峰 頂乗仏教学舎  路傍の如来 多々方路傍石

如来品正師 多々方路傍石のブログ

自己暗示

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世間に氾濫する自己啓発..潜在能力開発..引き寄せの法則..イニシエーションとかは言わば[自己暗示]を掛けているのだか、その本質は[気分を変える]程度の次元のものでしかなく.ヤクザ映画を観たあと弱虫が肩を怒らせて歩くような無常なものだから、始めは良い効果があるように感じて少なからぬ費用をかけても大概の人が後悔する結果となるのです…
確かに自己暗示も含めて潜在意識に良い波動や想念を送り続ける事が重要であり良い自己暗示によりモチベーションを高め.前向きな人格を育成していけるのですが、確信のない単なる妄信や思い込みなどは常に[信じる]の裏には[疑い]が同居し、信じると疑いの暗示を同時に潜在意識に積み上げている事に他ならないのであり、確信も根拠もなく自分を信じ.認める事などではなく.今の自分という存在を.冷徹に客観的に眺め.見つめ.観察し.分析し.思惟し.検証して長所.短所と共にダーク部分をも正面から受け止め.理解して受け入れてゆく事が必要なのです。
例えば今の自分は何を依り処(精神的支柱)として生きているか…堅固なものを依り処(精神的支柱)としているか.常なく変化生滅してゆく無常な性質のものを依り処(精神的支柱)としているか…無常なものを依り処としていれば変化生滅により安定.安心.安全.平穏.喜びを失ない、無闇に何かしら自分に安定.安心.安全.平穏.喜びを与えてくれるものを無明(無知)な闇の中を手探りで盲目的に探し求め、自己啓発セミナーや潜在能力開発サークルや新興宗教などに.はまり込み.絡め取られ.偏った観念に染脳(洗脳)される事もないでしょう…
★依り処(精神的支柱)
普段、多くの人は[私は偶に想像はするが妄想などしてはいない]と多くの人は考えていますが、感覚や感情を伴った雑念は妄想に他ならず、妄想しながら生きていて決して真実を心には映してはいないのです…
今という瞬間への気付き以外の意識と思考.想念は.妄想に他ならず.過去の記憶も過ぎ去りし妄想であり.将来への期待や不安も妄想に過ぎないのですから…
★(妄縄自縛)
自我意識の消えた空っぽな意識で、判断を加えずに…唯.在るがままに感じ.捉えて.
思考から解放され、今という瞬間に奥深く気付き続ける訓練により.現実を受け入れ、自己暗示を与えるのではなく.依り良き自分を造るの自分自身の克己.精進.努力だけなのです
その為には今の感覚.感情.心の状態に気付く
★(四念処)
身念処
身体は身体に過ぎず…私のものでもなく.私でも.自分でもなく…現象に過ぎない…
受念処
感受は感覚に過ぎず…私のものでもなく.
私でも…自分でもなく…現象に過ぎない…
心念処
心の状態(感情)は感情に過ぎず…私のものでもなく…私でも…自分でもなく…現象に過ぎない…
法念処
心の中身は五蘊作用に過ぎず…私のものでもなく…私でも…自分でもなく…現象に過ぎない…
今、五感管で捉えられる全てが世界のすべてであり、美味しいレストランも隣街も外国も何もかも妄想であり、今の意識の他の全ては意識と思考と想念による妄想でなのですから…
[今に気付き、今を生きる]
★即今実存  即今.当処.自己(吾)
●いやいやながら居る場所は牢獄である
●世の中そうそう思い通りにはならないと理解する
●無執着 不放逸 不貪
●苦に生かされている 負担量次第
思考と想念で造り上げている[自分]という幻想と、汎ゆる物事に対する判断.善悪.好嫌.優等劣などの価値基準.固定観念.既成概念など、自らを縛っている全ての束縛からの解放…これが目覚め(覚醒)であり、乗り越え超越し、解き放たれ解放された処に、真理(真実.事実.現実.実相)は顕現する