仮りの名

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今日交えし人、我が名を尋ねたり…
我れ[多々方と名乗りたる現象です]と、答え胸元を指差したるが、今の新しき皮膚も幾日か過ぎれば垢と落ち行き入れ替わり、内なる組織も幾日かを過ぎれば老廃物となり入れ替わり、骨も又.同じく土に戻りし入れ替わるものなれば、我れを指したる我れはなし。
心も同じく、刺激情報に対して、因果律(縁起)に遵って環境.状態.確率性に影響されて生じさせてる五蘊作用(五集合要素)の概念(潜在意識)を、表層(脳)が想念と思考で再認識して言語化しているだけの現象に過ぎない。
名前というものも今の現象を現す仮の名に過ぎず、結合要素(五集合要素)の結び目を解かれて自在な一滴に戻るとき、性質と運動性を形成させる心的次元が、新たなる生命の心的次元へと流れゆき、新たなる名前で呼ばれるだろう、狸かゴキブリか人の名となるかは判らぬが…、
一つ言えるのは、良い形質の楽器は良い音を奏で、悪い形質の楽器は悪い音を奏でる如く、欲と執着で張り過ぎた弦も緩め過ぎた弦もは良い音を響かせない如く
心的次元の形質により、因果律(縁起)に従って次の何かへと流れてゆく。